工藤伸一の小説
民放女子アナウンサーの奇妙な体験告白
【第1稿】 2002/07/06 【最終更新日】 2003/02/19

 ドラえもんがあたしを迎えに来たのです。
 そんな馬鹿なと思ったりもしてみたものの、どう見てもそれは本物のドラえもんに間違いないので、がっかりしてしまいました。アニメに出てくるようなてかてかした金属製の体を持つ未来からやってきたネコ型ロボットなんかではなく、生きている猫の皮を剥いで縫い合わせて作られた乾いた皮膚に包まれた、2002年の今現在まさに現実に存在する、本物のドラえもんだったのです。本物のドラえもんはアニメの主人公 のようなみんなの人気者なんかではなく、どうしようもない嫌われ者の道楽者なのは、皆さんもご存知の通りです。
 この先たぶん、これまでにやつがやってきたように、タイムマシンだと偽って公園にしかれたゴザの上でくりひろげられることになる低級なままごと遊びに、あたしも強引につき合わされることになるのかと思うと、本当に暗澹たる思いがしたものですが、本物のドラえもんの怖さは、あたし自身もアナウンサーのはしくれとして、彼の悪行の数々をお茶の間に報道し続けてまいりましたわけですから、当然よく存じ上げておりますし、それにあたしもなんだかんだと難癖付けられて彼の一味になることを強要されるのも困るからと思って、逆らうこともなく素直に彼に従おうと考えていたのです。
 ところがすでにもう、手遅れだったのです。あたしがそういうネガティブな考え事をしていることを、彼は見抜いていたんですね。これからどうなるのだろうとおびえながらも、うつむいていた顔を上げてちらりと彼の方を見ると、それを合図にでもしたかのようにして、彼はおもむろに自分の指のない手に自ら噛み付き、そこからどす黒い獣の動脈の血を流し始めたのです。そしてどくどくと波打ちながら止まることのない流血の様があまりにも痛々しい指のない手をあたしに見せ付けながら、ドリフのコントの時に客席の子供達が入れる合いの手の「志村うしろ!」に大変似通った調子で、 「お姉さん、ぼくロボットなのに、生々しい血がこんなに出ちゃってるよ〜!」 という台詞をにたにたしながら口走りつつあたしにせまってくるので、あたしは彼の魔手から逃れようとその場から一目散に走り出しました。
 しかし結局、あたしは彼の思惑通り、いつのまにかスネ夫の姿になってしまっていたのです。これでもう、あたしが幼少の頃から夢見ていたアナウンサーの仕事は続けられなくなってしまいました。せっかくの人生の花盛りも束の間の夢として消えてしまったのです。これからの長い余生を、あたしは2002年の本物のスネ夫として、不気味な2002年の本物のドラえもんととともに、全国各地の公園を行脚しながらのアングラ演劇公演のためにのみ、生きていくしかなくなってしまったのです。
 この後の時間のニュースで、あたしの代わりにあたしの後輩がこの事件のいきさつを楽しそうに報道するのかと思うと、悲しくてなりません。    (了)

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