工藤伸一の小説
ロボット博士
【第1稿】 2002/10/22 【最終更新日】 2003/02/19

 雨が降り注ぐ最中、ついに天才との呼び声高き博士の奇跡の発明が完成した。博士は自ら実験台となって、人類長年の夢であった『不老不死の体』を手に入れることに成功したのだ。
 さっそく『発明成功記者会見』を執り行うべく、ジャーナリスト代表である私が運転する車に博士と助手の青年を乗せて、会見の準備をしてある会館に向かうこととなった。
 久しぶりに博士の姿を見た私は、正直言って面食らっていた。博士の体はどこもかしこも機械化されていて、もはや以前のダンディな老紳士の面影は、どこにも残っていなかった。完全に人間味のないロボットに成り果てているようにしか見えなかったのだ。
 内心そんなことを考えながら車を走らせているうちに、会館に辿り着いた。少し離れた場所にある地上駐車場に車を泊め、三人で傘を差して会館に向かった。
「しかしそれにしても……」
 隣にいる博士の金属的で奇怪な歩行音に何とも言えない気味の悪さを感じた私は、これまで言いよどんでいた疑問について、とうとう訝しげに訊かざるを得なくなってしまった。
「失礼な言い方かもしれませんが、素人目から見て、どうしても確認したいことがあるのです。……いまの先生のお姿は、果たして人間と呼べるものなのでしょうか?」
 すると博士は抑揚のない声で事もなげに答えた。
「ニンゲンノ体ハ・ショセン電気信号ニ操作サレテイル原子集合体ニ過ギナイノダヨ」
 私は博士の悠然とした答えにたじろぎながらも、どうにか反論を試みた。
「……だからといって機械になってしまったのでは、もはや人間とは言えないのではありませんか?」
 博士は金属製の無表情な口から、やはり冷静な回答を導き出した。
「ソレハ凡人ノ安易ナ考エダ。ソモソモ君ニハ『人類ノ定義』ナドデキルノカネ?」
「……そう言われてしまうと、返す言葉が見つかりません。先生にはその答えがわかるとでもいうのですか?」
「フム、ソレハダナ……」
 博士がそこまで言いかけたその瞬間、急に目の前が光に包まれ、凄まじい轟音とともに地面が揺れた。あろうことか、博士が差していた傘に落雷してしまったのだ。
 まばゆい電気の矢は瞬く間に博士の金属製の体を貫いていた。博士は鈍い音とともに地面に崩れ落ち、動かなくなってしまった。
「先生! 起きてください、先生!」
 私は博士のずっしりとした鋼の体を揺り動かしながら、大声で呼びかけた。しかし博士の胴体の胸の部分の『生命状態表示ランプ』が消灯していることに気付き、助手の青年に助けを請うことにした。
「何とかしてください! 貴方なら先生を生き返らせることが出来ますよね?」
 すると助手の青年は唖然としながら答えた。
「いえ、それがですね……その方法は、先生ご本人しか知らないんです」
「そんなバカな? 方法の記された書類なり何なりがあるでしょう?」
「……先生は、書類は面倒だからと、いつものように後回しにしていましたもので……。大体、先生が死ぬなんてことも、もう絶対にないのだろうと信じてましたし……」
「私だってそう思ってましたよ。先生は死なないはずなんじゃないのですか?」
「……それはそうなんですが、あくまでも『ロボットだから修理すれば生き返る』という理屈なんです」
「だったら、どうにかして貴方が修理してくれればいいじゃないですか」
「そうしたいところなんですが、なにせ先生はご承知の通り、史上初のノーベル化学賞・物理学賞・医学生理学賞3部門制覇を誇る、正真正銘の『天才』ですからね……先生の体の構造はあまりにも複雑すぎて、助手の僕ごときにはどうすることもできないのです」
「他には誰か、修理できそうな学者の心当たりはありませんか?」
「……思い当たらないですね。先生が『孤高の天才』だったことは、記者さんもご存知でしょう? 過去の発明品に関しても、先生ご本人の説明なしにその構造を理解できた学者は、誰ひとりとしていなかったのです」
 私はがっくりと肩を落とした。
「……こうなってしまってはもう、急遽予定を変更して、『天才博士死去の緊急記者会見』にでもするしかないってことだな。いやしかし、それにしても……天才も天災には勝てなかったというわけか。まったく、洒落にもならん事態だ」
 この後に待ち構えているだろう騒動の激しさを思いながら天を仰いだところで、雨がすっかり止んでしまっていることに気付いた。
「……もっと早く止んでくれていれば、カミナリが落ちるなんてこともなかったというのに。……偶然って怖いものですね」
 傘を畳みながらそう問いかけてみたところ、青年が沈痛な面持ちで何やら深刻そうに考え込んでいる様が目に入った。
……そりゃそうだろうな。師匠である博士が、事実上、亡くなってしまったのだから。
せめてもの慰めの言葉をかけてあげようと口を開きかけたところで、青年が先手を切った形で、意外な疑問を投げかけてきた。
「……さっきの落雷は、本当に『偶然』だったのでしょうか?」
「……突然のことで納得できない心中は察しますが、考えすぎはよくないですよ。天災は理不尽なものです。相手を選びません」
「……そうなのでしょうか。落雷の直前、先生は記者さんの問いに答えるために『人間の定義』を説明しようとしていました。僕も先生の答えを期待していたのです。ところが結局、先生はそれを僕らに言い残すことなく、この世を去ってしまわれました。……もしかする
と、どんな天才だからといって一介の人間風情が、神の領域とも言える『人間の定義』などというものを知ってしまってはいけないのではないか? そしてさっきのカミナリは、先生の言葉をさえぎるための『神罰』のようなものだったのではないか? ……そう思えてならないのです」
 私は彼の言葉に面食らってしまった。
「何を言い出すかと思ったら、そういうことですか。貴方のような科学に携わる人間の発言とは思えないですよ。私も事実だけを報道する立場の人間ですから、『神罰』だなんて非科学的な発想には賛同しかねます」
「……そうですか。しかし実のところ僕は、先生の研究を手伝っている間中ずっと、言いようのない背徳感に苛まれてきていたんです。……これでよかったんですよ、きっと」
 そう言った青年の表情は、こころなし晴れ晴れとして見えた。 (了)


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