工藤伸一の小説
テレビの力
【第1稿】 2002/10/22 【最終更新日】 2003/02/19

どうにか頑張って局アナとしてデビューすることができたあたしの初仕事は、グルメ番組の料理人対決の取材でした。
勝負の舞台となるお店は、まだ出来たばかりの日本料理店です。まったりと落ち着いた空気を持った、いい雰囲気のお店です。
 そういえば、この前の合コンで知り合った人気俳優のキモタケさんが日本料理にはまってるって話してたから、ここに連れてきてもらっちゃおうかな。実は来週のオフがちょうど重なってて、デートの約束を持ちかけられちゃってたんです。
こんな新入りのあたしなんかに興味を持ってくれるなんて、夢にも思わなかった。だってあたし、学生時代からずっとキモタケさんの大ファンだったんですもの。
 いま、リハーサルの途中なんですけど、どうやら料理人さんたちが料理を作り終えたようです。
 もうすぐあたしの出番だけど、緊張しちゃうなあ。
 なんて考えていたら、審査員のひとりでグルメ番組の解説者も勤めているタレントの胸揉さんが厨房に入り、出来たばかりの料理をつまみぐいし始めました。
そしてその直後に、彼は大きな声でこう言ったのです。
「何だこれは? 途方もなくまずいじゃないか? こんなものをテレビで宣伝してもいいのか?」
 まさかそんな事はないだろうと思ってあたしも食べてみましたが、本当にとんでもなくまずかったので、驚いてしまいました。
 するとそこへ、プロデューサーが駆け込んできました。
「もうしわけありません! 本番では、それを食べていただくのではなく、他の高級店から取り寄せた別のものを食べていただくことになるんですよ」
 それを聞いた胸揉さんは怪訝そうな表情で答えました。
「なんだって? じゃあ、勝負している料理人は、ここの人間じゃないってことか?」
「いえ、そうではありません。彼らは間違いなく、ここの料理長候補者です」
「どういうことかね? だったらこんなにまずいはずがないだろう?」
「それには事情がございまして、調理人のうちの1人は、番組スポンサー様の社長の大切な取引先の息子さんなんです。それで、彼がお店をオープンするにあたって、箔をつけるためにこの勝負をでっちあげたというわけなんです」
「……しかしそれでは、ここの料理はまずいということではないか。ここが本当に名店と呼ばれるようになるとは思えない。下手すると私のグルメ解説者としての名誉にも関わりかねないではないか」
「いえいえ、それでいいんですよ。先生は何か勘違いされていらっしゃいませんか? 名店をテレビが紹介するんじゃなくて、テレビで紹介された店こそが、名店と呼ばれるようになるんですよ。そしてそのためにも、先生のような著名なお方のお力が必要なんです。ですからほら……今回は特別に、ギャラもいつもと比べて破格なわけじゃないですか」
「むう。……それもそうだな」
 あたしはこの会話を近くで聞きながら、あることを考えていました。
 いままでもてなかったあたしが急にもてはじめたのも同じことだったのかしら。
 だとしたら、あたしは上手く世渡りしてきたってことよね。最初のうちは後悔もしたけど、局の重役さんたちに体を提供して、無理やりデビューしてよかった。
 だってこれからは、あたしが美人と呼ばれるってことですものね。    (了)


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