工藤伸一の小説
ショートショートの神様
【第1稿】2003/06/10 【最終更新日】2003/06/10 【公開日】2005/07/26

 そこは何もない暗闇でした。正確にいうと暗闇すらも存在しないはずですが、それでは描写のしようがありませんので、あくまで物の例えということです。何もないのに「そこ」と表現するのもおかしな話ですが、それも例えに過ぎません。
 それはさておき、そんな何もない場所に、どこからともなくショートショートの神様がやってきました。
 ショートショートの神様は「やれやれ、本当に何もないのだな」と独り言を言いましたが、ここには音波を伝えるのに必要不可欠な空気すらもありませんでしたので、その言葉は誰にも聞こえませんでした。とはいえそもそもショートショートの神様以外には誰もいない場所ですから、どっちにしても同じことなんですけどね。
 さてとりあえず、物の姿が見えないことには話が始まりませんので、まずは物の姿を見えるようにしようと、ショートショートの神様は考えました。
 そこで「光あれ!」とショートショートの神様が聞こえない言葉で叫ぶと、すぐさまそこには見事なまでに真っ白な光の空間が産まれていました。
 光があれば物の姿は見えるようになるはずですが、しかしショートショートの神様の姿は見えません。なぜなら神様には「実体」というものがないからです。
 ですから今この場所にはただ真っ白な光の空間があるだけで、目に見えるものはただまばゆい光の他には何ひとつとして存在しないのです。
 そこでショートショートの神様は、今度は登場人物を作り出そうと思い「登場人物あれ!」と、またもや声にならない声で叫びました。
 すると美醜色々な外見と善悪様々な性格を持った大勢の老若男女の登場人物がその場に一斉に産まれましたが、産まれた途端にそのまま全員ストンとどこかへ落ちて見えなくなってしまいました。
 「これは一体、どうなっているのか?」
 ここでやっとショートショートの神様は、大きな失敗をやらかしてしまった事に気づきました。先に大地を作ることを忘れていたのです。作る順番を間違えてしまっていたわけです。
 実はショートショートの神様は、まだ神様になりたてほやほやの研修生の立場なのです。少し前までは、ショートショートの神様は神様ではなく、神様に仕える忠実な天使でした。それがある日、これまでの貢献を神様の神様である「大神様」に認められて、いまの立場に任命されたのです。そんなわけで今回の仕事は、ショートショートの神様になって初めての仕事なのです。
 ですからこの仕事の出来によっては、神様の役目から下ろされてしまうかもしれないのです。そんなこともあって、決して失敗は許されないのでした。
 ショートショートの神様は、今度こそはと気合を入れなおし、叫びました。
 「大地あれ!」
 その瞬間に、見事な地平線がそこに生まれました。そしてもう一度、登場人物を作りました。
 しかし今度は、産み出されたばかりの登場人物たち全員の体が、瞬く間に爆発して粉々になり、一人残らず死んでしまったのです。
 「そうか、空気を作るのを忘れていた」
 そこで今度は空気を作り、もう一度、登場人物たちを作り直しました。
 今度はうまくいったようで、登場人物は大地のうえを自由に歩き回っています。
 「いやはや、神様の仕事って言うのは意外と大変なものなのだな。目に見えない空気まで作らなくてはならんとは」
 空気が出来たので、神様の独り言は聞こえるようになっていました。
 それからしばらくの間ショートショートの神様は、満足そうに頬をほころばせながら登場人物たちが動く様を眺めていました。
しかしそのうちに、またもやおかしな事態が起きてしまいました。自由気ままに大地の上を歩き回っていた登場人物たちは、そのうち一致団結して永遠に続く大地の果てを目指して歩き始めたのです。その結果、登場人物たちは神様の視界からどんどん遠ざかっていき、いつしかとうとう行方をくらましてしまいました。
 そこで今度は地の果てを作ることにしました。
 「果てあれ!」
 果てのなかった地平線は球形の星の形となり、これで登場人物たちが神様の視界からいなくなることはなくなりました。
 調子に乗ってきたショートショートの神様は、さらにそこに『自然』やら『家畜』やら『町並み』やらをどんどん追加していって、とうとう本物の地球と見まがうほどの、精密にして壮大なる『世界』を作り上げることに成功したのです。『世界』の中では、とんでもなくこんがらがったいさかい事や心温まるささいなエピソードにいたるまで、ほんとうに様々な人間模様が産まれ、まさにいじりどころ満載の素晴らしい舞台設定となっていました。
 仕事を一段落させることができて、ショートショートの神様は、ほっと一息つきまし
た。
 「これでどんな物語でも作ることができる。よかったよかった」
 ところがここでまた、大きな問題にぶつかりました。
 「わしは長編小説の神様ではなくショートショートの神様だったのだ。調子に乗って無駄なことを繰り返してしまったが、そんなことをしている場合ではなかった。計算してみたら、もうここまでで400字詰め6枚分も費やしてしまっているぞ。このままではショートショート・コンテストの規定枚数である7枚を超えてしまいそうな気配ではないか。まいったな、あと12行以内でどうにかしてこの話を終わらせなくてはならん。どうしたものか」
 悩みに悩んだ末に、ショートショートの神様は、ある大切なことを忘れていたことを思い出したのです。
 「そうじゃ、わしは神様なのじゃ。わしがその気になれば、なんだってできるのだ」
 ショートショートの神様は、これで最後だと心を決めて、大声で叫びました。
 「オチあれ!」 (了)

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