工藤伸一の小説
400枚のショートショート巨編
【第1稿】 2002/10/30 【最終更新日】 2003/02/19

 僕は安月給でどうにか妻と産まれたばかりの1人娘を養っている、しがないサラリーマンだ。不景気のあおりを受けてボーナスも期待できず、独身時代から住んできた1Kのアパートで家族3人、肩を寄せ合いながらやっと暮らしている。
 妻は文句も言わずによくやってくれていると思う。せめて娘が女らしく成長するまでには個室を与えられるくらいの家に引っ越せればと、パソコンを使った内職をしながら、頼りない僕の代わりに定期預金用の稼ぎを捻出してくれている。僕はしあわせものだ。
 だけど本当は、もっと妻や娘のために頑張りたいとも思っている。倒産寸前の今の会社にいたのではその見通しも付かないわけだが、かといって僕には転職できるあてもない。
 それで僕は、ちょっとでも夢を見ようと思って、ショートショートを書きためている。それが僕の立身につながる可能性は、正直言って今の会社が倒産するよりも低いものだが、情けないことに他にどうすることもできないのだ。
 月5000円のこづかいしかない僕にとって、ショートショートを読むことは唯一の楽しみだ。どうせ酒も飲めない体質だし、タバコも吸わないからな。
 毎朝の立ちっぱなしの通勤電車の友として、もうかなりの冊数を読んできた。帰りの電車は始発駅から乗るので座ることが出来る。その時間を利用して書き溜めて来たショートショートの数も、ずいぶん増えてきていた。 そろそろ、応募したい。
 昨日の通勤電車の中でまた1冊読みきってしまったので、新しいのを買おうと思い、駅前の本屋に立ち寄ってみた。そして、ある文芸雑誌の表紙の文字に目が留まった。
『400枚を超えるショートショート巨編をひっさげた、期待の新人現る! 業界初の試みに挑んだ奇跡の問題作が、ついにそのベールを脱ぐ!』
 ……400枚のショートショート巨編って、一体どういうことだろう? それは長編じゃないのか?
 不可解さを感じながらも本を手に取り、その作品のページを開いてみて、愕然とした。
 ありなのか、こんなの。信じられない。
 僕がこれまでに抱いてきたショートショートに対する認識が、ガラガラと音を立てて崩れ去ってゆく想いだった。本当に信じられないことだ。
 なんとそこには殆ど真っ白のページが続いていたのだ。かろうじてほんのわずかな活字が書かれている。その作品は、やはりショートショートだったのだ。
 1枚につき1文字だけ書かれた、たった400字足らずの。     (了)

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