工藤伸一の小説
寝坊の春
【第1稿】 :2003/04/19 【最終更新日】 :2005/06/17

 春眠暁を覚えずとはよく言ったもので入ったばかりの大学サークル主催の花見にも行かずに気持ちのいいふかふか蒲団のなかでうとうとし続けていたら急に寒気を感じて窓の外に目をやると一面の銀世界。この季節に東京に積雪だなんてそんな馬鹿なと思ってNHKをつけてみたら、『紅白歌合戦』の真っ最中だった。どういうことだろうと思いながらも実家に電話してみたら、母親が電話口で泣き出してしまった。そしてしばらくしてから思い直したようにして切り出した。
「タクヤ、よく電話してくれたねえ。今はもう、大晦日なんだよ。お前が大学に入学してから、半年以上経ってしまったというのに、お前にとってはそうじゃないんだね。そっちでは、どんな暮らしをしているんだい?」
 どういうことか要領がつかめないので、
「普通に暮らしてるけど、半年経ったって、一体どういうこと?」
 と問い質してみたところ、またしばらくの沈黙の後に、母はこう告げた。
「タクヤ、お前が入学してすぐの頃に、お前の下宿先で火事があって、お前は亡くなってしまったんだよ。今、どこにいるのかわからないのかい?」
 あまりに唐突な話に、「そんな馬鹿な」と言いながら部屋の中を見回しているうちにテレビや勉強机や本棚といった家財道具が部屋の壁に吸い込まれていくようにどんどん消えていき、そのうち壁や天井までもが見えなくなり、深夜の積雪のうえに立ち尽くした僕の視界には次第に外の景色さえも判別できなくなって、最終的に何もない闇の中に放り出されてしまっていた。
 手に握っていたはずの携帯電話の感覚もなく、そもそもおよそ身体の感覚といえるものが一切感じられなくなっていた。
「僕は、死んでいたのか」
 そうつぶやいたつもりの自分の声も聞き取れないまま急に意識は途切れ、  (了)

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