工藤伸一の小説
鍵隠し(The Key Cocealed)
【第1稿】2005/04/29 【最終更新日】2005/04/29 【公開日】2005/10/08

 ついこないだまでは日暮れともなるとまだまだ暖房が恋しくなることも少なくなかったというのに、梅雨を前にした4月末の時期にしては気の早い夏の到来を思わせるかのようなカンカン照りの一日だった。
 夕方になってもジメジメと湿気を帯びたままの外気を避け、半年ぶりに冷房を効かせた寝室の布団にふたりで横になってそれぞれ、彼女は昼間に出かけ自分で買って来た新刊のレディコミ雑誌を、僕は先日遠出してようやく手に入れた人気漫画新刊の豪華版を読んでいたところ突然リビングから「チャリン!」という妙な音が鳴り響いた。
 何だろうと見に行ってみると、冷蔵庫のドアに掛けてあった玄関の鍵束が、吸盤式の壁掛けクリップごと床に落ちていた。
 クリップを定位置に戻そうとした彼女は、鍵束と一緒に掛けてあったはずの自転車のカギがないことに気づく。
「シンちゃん、自転車のカギがないよ」
「昼間出掛けて帰ってきた時、カギは外した?」
「どうだろう?」
 そういって彼女は家の前に泊めてある自転車を確認するため玄関に向かった。
「あ!」
「あったの?」
「自転車のカギはないけど、玄関のカギが開いたままだった」
「そっか。まあ、気づいてよかった。最近、近所に強盗が出るっていうから」
 家の前に出て自転車を見ると、カギは付いていなかった。念のため玄関前の地面を探してみても落ちてはいなかった。
「不思議なこともあるもんだね。カギが落ちた音で様子を見に行ったら、玄関のカギをかけ忘れてるなんて」
「でも自転車のカギが見つからないわけだけど」
「どこ行っちゃったのかな」
 それから彼女の衣服のポケットの中やバッグの中や部屋中の床も調べてみたけれど、いっこうに見つからない。
「すぐ出掛けるわけじゃないし、また後にしようよ。探すのやめた途端に見つかることもあるって歌われてもいるわけだし」
「そうだね」
 いったん諦めたところで急にお腹が空いた彼女は焼きそばを作り、食べ始めた。
「これだけ探して見つからないなんて、まるで神隠しだ」
なんて言いながら僕は本の続きを読もうと寝室に戻りかけたが、そこで下らないダジャレを思いついたので、キッチンに戻り彼女に呼びかけた。
「カギだけに『鍵隠し』だね」
「オヤジギャグだよ」
 彼女が苦笑を浮かべながら言うのを聞きながら僕は、何気なくキッチンの床に目をやってみて驚いた。あれほど念入りに探したはずのキッチンの床に、自転車のカギがあったのだ。色合いの似たキッチンマットが保護色になって見失っていたらしい。 
 無事にカギを見つけて再び布団に戻ったところでおもむろに彼女は言った。
「そういえば今日、お父さんの墓前のお水をかえたの」
「それじゃ、義父さんがカギの掛け忘れを知らせてくれたのかもね」
「そうかもね」
「そうか、なるほど」
「どうしたの?」
「義父さんはユーモアを好みSFとミステリに親しむ人柄だったじゃないか」
「そうだけど。関係あるの?」
「大有りさ。鍵だけに『鍵隠し』ってユーモアではあるけど、ジャンルとしてはまあ、オヤジギャグなわけだよ」
「そうね。それで?」
「しかし、このギャグを思いつかなかったら、まだ鍵は見つかっていなかっただろう。言い換えればそれは、この言葉を思いつかない限り鍵を見つけることはできなかったということだ」
「そんなこと、あるかな?」
「それがね、SFやミステリの世界ではよくある話なんだよ。だからやっぱりこれは、義父さんの仕掛けだったのさ。鍵だけに『鍵隠し』。それがキーワードだったんだよ。まさに鍵だけにね」(了)

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